家に帰ってきたら、恋人が薬をやって訳のわからないことを言っていた。
「お前も薬をやれ」「俺の名前のタトゥーを入れろ」
ダメだ。こんなダメ男と一緒にいたら私はダメになる。
そんなこと私がやるわけないじゃないか。
追い出そうとしたら、揉み合いになった。
Tシャツは引きちぎられ、つけていたネックレスやイアリングは飛び散った。
そして私は、包丁で刺された。
その包丁で、恋人は自分の腹も刺した。
私は、瀕死の恋人を一人家に残して、ただ愛する人を救いたいという一心で、痛みに耐えながら必死で病院に向かった。
「なんのためにこれまで体を鍛えてきたんだ」と自分に言い聞かせながら、一歩一歩歩みを進めた。
できるだけ、血が流れないように気をつけながら。
家に残しておいたら恋人は死んでしまうし、自分だって死んでしまうのに。
なぜその女はそんな行動を取ったのだろうか。
*百人一首 その三十八【わすらるる みをばおもはず ちかひてし ひとのいのちの をしくもあるかな】からのinspireです。
*他のinspire元もあります。
転載元: 「I'd fight away all of your fears」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/7455
どうやら私は男を見る目がないみたいだ。
こんなだめな母親、天罰が下ったんだ。仕方ない。
私の命なんてどうなったったってかまわない。
でもあの子はどうなる。ずっと入院している一人息子。
私と同じ、特殊な血液型を持ったあの子。
治療にはその血が必要なんだ。
だから私は、薬やタトゥーなんてもちろん、ピアスさえしなかったし、体も鍛えて健康には人一倍気を使ったんだ。
あの子に血を提供するために。
あの子だけには幸せになって欲しい。そう誓って生きてきた。
どうせ死ぬなら、私の血を一滴残らずあの子のために使ってほしい。
そうして、息子の病院を目指して、一歩一歩病院に足を進めた。
血塗れで歩く私の姿を、世間がどう思うかなんて知らない。
少しでも、あの子の命を繋ぐ血が無駄にならないように気をつけながら。
ようやく目の前に病院の玄関が見えてきた。
女はそこで力尽きて倒れた。手に息子の写真を握り締めながら。
片耳にだけ残っていたイアリングが、アスファルトに飛び散った。