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one of sixteen vestal virgins

[ウミガメのスープ]

オリンピックで軽やかにジャンプするベテランフィギュアスケート選手の姿を見て、八雲は、名も知らぬ乙女のこれからの勤務先について思いを馳せていた。
なぜそんなことを思ったのだろうか。

*百人一首 その十二 【あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ】からのinspireです。


出題者:
出題時間: 2022年3月15日 22:41
解決時間: 2022年3月16日 1:33
© 2022 gattabianca 作者から明示的に許可をもらわない限り、あなたはこの問題を複製・転載・改変することはできません。
転載元: 「one of sixteen vestal virgins」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/7101
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通勤電車に乗っていた、カバンに推しのフィギュアスケーターの写真をつけていた、名も知らぬ女子高生。
4年経って再びオリンピックの季節が巡って来た時、彼女がもう就職する歳だということに思い至った。

八雲がその電車で通うようになったのは、この沿線に引っ越してからのこと。もう10年近くになるだろうか。
いつも同じ通勤電車の同じ車両に乗る。
八雲にとっては変わりばえのない日常だった。

電車の沿線には女子高がある。
八雲の乗っている車両には、必ず乗ってくる女子高生4人組がいた。
おそらく1年生なのだろう。精一杯メイクはしているが、まだ幼さが残っていた。

4人は、毎朝毎朝、とにかく何をそんなに話すことがあるのか、と思うぐらいに喧しい。

先生への文句、クラスメートのゴシップ、好きな男の子についての悩み。
新作のお菓子、評判のつけまやカラコン、スマホのアプリ。
親の不満、彼氏の浮気、どこの大学に進むか(わりと偏差値の高い高校みたいだ)…本当にうるさいなあ。こっちは眠りたいのに。

でも、日が経つにつれ、彼女たちの個性がなんとなくわかるようになって来た。
しかし、名前はわからない。
わかるのは、彼女たちがカバンにつけている「推し」だ。
「アイドルグループ」のNが好きな彼女は、明るくてみんなの中心になるタイプ。
「乙女ゲー」のプリンスのキーホルダーをつけている彼女は、大人しいけどよく気がつくタイプ。
「歌劇」の男役の写真をカードケースに入れている彼女は、クールな毒舌家だ。
そして、マイペースで自分の世界を持っている彼女は、人気の「フィギュアスケーター」のステッカーをカバンに貼っていた。

4人の中では、女子高校生時代の自分に一番似ていた。


八雲は、彼女たちのたわいもないお喋りを聞きながら、自分の女子高時代のことを思い出していた。
私もあんなにどうでもいい夢とか悩みとかに振り回されていたことがあったのだろうか。
ほんの10年も前のことなのに、もうすっかり忘れてしまっていた。


そして、2年後、ちょうど冬季オリンピックの2月。
「フィギュアスケート」の彼女は、いつものマイペースさからは想像もつかないぐらい、推しの選手の活躍を熱く語っていた。


それから1か月後の3月を最後に、

八雲は、彼女たちに出会うことは二度となかった。


その後ももしかしたら、たまたま電車に乗り合わせていたこともあったのかもしれない。
でも、制服を着ていない、推しをカバンにつけていない彼女たちのことなど、識別できるわけもなかった。
そして、気付くと、また新しい乙女たちで、通勤電車は溢れかえっていた。




その4年後、再びオリンピックの季節が巡って来た。
もうベテランと呼ばれる歳になったフィギュアスケーターは、圧巻の滑りを見せた。
でも、八雲の頭にあったのは、その選手が「推し」だった彼女のことだった。

彼女はまだあの選手に夢中なんだろうか。
それとも、あの情熱は冷めてしまったんだろうか。
彼女ももう大学4年生だ。
4月にはどこかで働くんだろう。

この4年間、私は同じ職場で、同じような仕事を続けているのに、彼女にとっての4年間はこうも違うんだ。

そして、いつか彼女も私のようになってしまうのだろうか。
そう思うと少し胸が痛んだ。


どうかどうか、彼女が輝いた乙女のままでいられますように。


無理な願いとわかりつつも、八雲は願わずにはいられなかった。


出題者:
参加するには または してください
パトロン:
アシカ人参
と 匿名パトロン 3 名
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Cindy