閲覧者数: ...

「それでは皆さんの将来の夢を、作文に書いて来てくださいねー!」

[ウミガメのスープ]

その日シン太郎のために音楽が奏でられたのはカメオが寝不足であったことが原因だったのだが、本来なら喜ぶべきことであるのにシン太郎は涙したという。
なぜだろう。


出題者:
出題時間: 2018年6月7日 22:47
解決時間: 2018年6月8日 0:36
© 2018 エルナト 作者から明示的に許可をもらわない限り、あなたはこの問題を複製・転載・改変することはできません。
転載元: 「「それでは皆さんの将来の夢を、作文に書いて来てくださいねー!」」 作者: エルナト (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/1670
タグ:

***要約***
高校野球の公式戦で寝不足のため絶不調のエース・カメオが滅多打ちにされたため、最終回にレギュラーでなかったシン太郎が試合に勝つためではない、思い出代打に起用された。


高校3年生のある日、野球部のキャプテンであるシン太郎は甲子園出場に向けて練習を続けていたが、過度の練習が祟り右足の靭帯を断裂、選手生命を絶たれてしまった。
それでも諦めなかったシン太郎は、リハビリの成果でなんとか一塁に走ることができるくらいにまで回復、その努力を買われ最後の夏に背番号18を手にした。
何十人も部員は居たが、彼が背番号を手にしとことに対して文句を言うものは1人もいなかった。
それだけシン太郎は練習にひたむきな姿を部員たちに見せていたからだ。
シン太郎には負けていられないと、誰もが熱心に練習を続けた。
チームはキャプテン・シン太郎を中心に一丸となっていた。

いよいよ始まった予選、特にエースナンバーを背負ったカメオの成長は著しく、彼らの通う海亀高校は着実に勝利を積み重ねた。
1校、そしてまた1校と数が減り、あっという間に決勝戦まで昇り詰めた海亀高校の対戦相手は、甲子園常連である水平高校であった。
あと1勝で夢の舞台に立てる──そんな状況に、誰もが浮き足立ってしまった。
緊張のあまり前日の夜に一睡もできなかったカメオは、その日は絶不調だった。
なかなかストライクは入らず、抜けたボールは相手バッターにいとも容易くスタンドへ運ばれた。
コールドゲームの無い決勝戦のスコアボードに、二桁に上る得点が刻まれた。

9回裏、ツーアウトランナーなし。
カメオの打順で、監督は代打にシン太郎の名前を告げた。
それに反対するものは、誰もいない。
それは決してシン太郎のこれまでの努力を称えていたからではなく、この打席が最後だと誰もが諦めていることを示していた。
バットを握り、バッターボックスへ向かうシン太郎。
振り返ったベンチにいた誰もが、呆然とグランドを見つめていた。
スタンドを見上げる。
険しい表情の応援団は、躊躇うように管楽器を抱え、そしてカメオの打席をやむを得ず鼓舞する。
そう、やむを得ないのだ。
そんな彼らの心情を察して、シン太郎の心に悔しさが込み上げた。

「カメオ!!」

シン太郎が叫ぶと、帽子を目深に被っていたカメオが顔を上げた。
その頬は、雨が降っていたわけでも無いのに濡れていた。

「お前の分も打ってくるからな! ウミ介!お前代走の準備しとけよ!」

シン太郎が笑顔でそう叫ぶと、チームメイトたちは悔しそうに表情を歪ませ、そして明らかな作り笑いでキャプテンを見送った。
球審と相手のエースに頭を下げて、シン太郎はバッターボックスに立った。
マウンドに上がる背番号1は胸に手をやり、大きく息を吸い込んだ。
これだけ点差があっても、あとアウトカウントひとつで甲子園という場面になれば、それだけ緊張もするのだろう。
良いな、羨ましい──。

相手エースは大きく振りかぶり、そしてその右腕を振り下ろした。

もしも打席に立つ日が来たら──初球は、フルスイングと決めていた。

その後のことは、もうあまりよく覚えていない。

ただ僅かに残る記憶の片隅。

9回裏に灯された、1の数字。

痛む右足を労わるように、ゆっくりと走ったこと。

スタンドから聞こえる、シン太郎のためだけに奏でられた、管楽器の音楽。

そして歓声──

幼い頃に作文にも書いたシン太郎の夢が、もう二度と叶えられることのないものであると教えられたその日。

チームメイトに抱えられながら、シン太郎の涙が、グランドに零れ落ちた。


出題者:
参加するには または してください
パトロン:
アシカ人参
と 匿名パトロン 3 名
Donate using Liberapay
Avatars by Multiavatar.com
Cindy