女がいくつも穴を開けていく姿を、男は後ろから見ていた。
「そんなんで…大丈夫なのか?」男は尋ねた。
「ええ」女は答えた。「別に後で拭けばいいだけの話だもの。最初から穴が開いているのよりずっとマシ」
女はなぜそんなことを言ったのだろう?
転載元: 「『Cらて』with every guitar string scar on my hand」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/9375
*グレーチングにヒールを取られるぐらいだったら、未舗装路に穴を開けながら歩く方がずっといい。
妻が単身赴任してから、3か月が経つ。
そろそろ落ち着いた頃だろうと思い、妻の住まいを訪ねることにした。
小高い丘の上から真っ赤に染まった夕焼けが何処までも広がっている空。
先程まで降っていた雨が嘘のように晴れ渡っていて、何処からか土の匂いがあたりに立ち込める。
「お待たせ〜!!」
妻は、いつもと変わらぬ笑顔で、迎えに来ていた。
これまで、京都の街中で、スーツを着てスティレットを履いて働いていた妻。
それが、なんでこんな所に飛ばされたのかはわからない。
出世レースに敗れたのか、何か仕事上でミスをしたのか、部下の失敗を被ったのか、単に上からの嫌がらせなのか。
「長閑な所でのんびり働くのも悪くない」
旅立つ日にはそう言ったけれど、それは多分強がりだ。
何回か悔し涙をこっそり溢していたのも、僕は知っている。
前を行く妻の足元は、今までと同じスティレット。
僕は黙って、後ろからそれについていく。
街にいたときと何一つ変わらず、胸を張って歩く。
たった一つ違うのは、一歩踏み出すごとに、道に残る穴。
歩きにくくはないのだろうか。こんな所でまでヒールなど履かなくてもいいのに。
やっぱり強がっているのだろうか。意地を張っているのだろうか。
「そんなんで…大丈夫なのか?」僕は尋ねた。
「ええ」妻は答えた。「別に後で拭けばいいだけの話だもの。泥なんて乾けば落ちるわ」
そういうことが言いたいんじゃない。そう言おうと思ったら、妻はさらに言葉を続けた。
「最初から道に穴が開いているのよりずっとマシ。ここにはグレーチングがないんだもの。あれサイテー。何回ヒールをダメにしてきたか」
そういたずらっぽく笑う様子は、強がりには見えなかった。
そう言えば、一緒に街を歩いているとき、何度となく足を取られ、不機嫌になっていたな。
ここは、誰かがSNSに挙げていた美味しいパフェを食べられるカフェも、おしゃれな服や靴が見つかるショップも、24時間営業のコンビニさえ見当たらない、聞こえてくるのは虫の鳴き声ばかりの静かな街。
どんな所でも何一つ変わらない妻を、僕は、心底愛おしく感じた。
*裏庭🐓🐓2さんがこちらの問題の<8月19日のお題>Q59に対して投稿してくださった問題文からのインスパイアです。 テーマは「繰り返しますか?」です。