今や世界のハイブランドのファッションショーから声のかかるスーパーモデル、紗里。
そんな彼女の部屋には、ガスが抜けて萎んでしまった風船が一つ、置いてある。
彼女にとってそれは人生を決めた思い出の品だった、というのだが、どういうことだろうか。
転載元: 「【二物衝撃 No.14】I cry out but nothing comes now」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/9110
*小さい頃に、飛んでいってしまいそうになった風船を捕まえてくれた、背の高いトップモデルとの思い出の品だから。
小さい頃、風船が飛んでいってしまうのが、すごく嫌だった。
自分の手の中にあった幸せが、もう二度と手の届かないところに行ってしまう感覚。
いつもうっかり手を離しては、泣きじゃくった。
それならもう、風船なんて買わなければいいのに、ついねだってしまう。
その日も、風船の紐はするりと私の手の間から抜けていった。
私は、その年齢にしては背の高い方だったけれど、もうとんでもはねても届かない。
風船は、みるみるうちに、周りの大人も手の届かない所まで上がって行く。
その時だった。
ジャンプして、さっと手を伸ばし、風船を捕まえてくれた人がいた。
それは、この世のものとも思えないぐらい綺麗で、これまで見たどの男性よりも背が高く(と、少なくとも当時の私には見えた)、そしてこれまで見たことがないぐらい高いヒールを履いた女性だった。
「はい、これ」
その女性は、泣いている私に風船を渡してくれた。
駆けつけてお礼を言ってくれた母にはお構いなしに、彼女は私に英語で話し続けた。
「あなた、とても綺麗ね。それに将来きっともっと身長が伸びる。脚を見ればわかるの。モデルになるといいわ。今回あなたは風船を手放してしまったけれど、自分の夢は絶対手放してはいけないわ。」
そう言っていたのだと、母が教えてくれた。
彼女が、伝説のモデル “マダム” イメルダ・ビアンキーナだったと知ったのは、しばらく経ってからのことだった。
同級生の背の高い女の子たちは、威張って見えるのがいやなのか、猫背になって歩くことが多かったし、わざわざ目立たないようにしていたけれど、私にはそんなことは考えられなかった。
周りからは、生意気だと叩かれたこともあるけど、かまわなかった。
私はマダム・イメルダに認められたんだ。そう思うことで、ここまで頑張ってこられた。
そのマダム・イメルダは事故で美しい脚を失ったけれど、奇跡のカムバックを果たし、ランウェイを歩くことになった。
そのカムバックショーには、私も参加する。
この風船のこと、彼女は覚えてくれているだろうか。