とある梅雨明けの暑い日のこと。
カメコちゃんに何かプレゼントをしてあげたい──。
そう思ったシン太郎が、買ってきた赤いジャケットの裾をジャキジャキとハサミで切り落としてしまったのは、先日オーストラリアから帰ってきた帰国子女の亀之助が自慢気に昨年末にあったパーティの話をしていたのを聞いたからだという。
どういうことだろうか。
転載元: 「梅雨でも星が見えたら良いのに。」 作者: エルナト (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/8784
「オーストラリアのクリスマスは夏なんだよ!だから、サンタさんも半袖のシャツを着てプレゼントを配りに来るんだ!去年のクリスマスパーティなんかはすんごい豪華でね、うちのパパなんて──」
自慢気にそんなことを話していた亀之助の話を、シン太郎はほとんど覚えていない。
ただ、頭の中で反芻されていたのは、今朝カメコのお母さんとお父さんが話していた、ヒソヒソ話の内容ばかりだった。
「カメコ、もうあと半年も生きられないんだって。主治医の先生が言ってたわ。もう……年は、越せないかも、って……」
啜り泣く声が、病院の廊下に響いた。
その後、病室のカメコの元に訪れたシン太郎は、自分がうまく笑えていたかどうか、覚えていない。
もう、半年後には、カメコがいない──。
もしかしたら、彼女とクリスマスを過ごすことは出来ないのかもしれない。
『オーストラリアのクリスマスは夏なんだよ!』
シン太郎は、ハッとした。
それだ。
夏に、クリスマスをやろう。
思い立ったが吉日、シン太郎はすぐに半袖のサンタ服を探した。
しかし、日本では冬に行うクリスマスが通例であり、長袖の厚手のサンタ服しか見当たらない。
「こうなったら、袖はハサミで切り落としてしまおう。そして、プレゼントは──」
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その日は、朝から蝉が鳴いていた。
ドキドキと脈打つ胸を押さえて、深呼吸。
そして、勢いよく病室の扉を開ける。
「やぁやぁ、カメコさん!こんにちは!」
突如現れたサンタクロースコスチュームを身に纏ったシン太郎の姿を見て、カメコは吹き出した。
「何、その格好。季節外れも良い所よ」
「いやいや!見てよ、ほら、半袖!夏仕様なんだよ!」
「もう、分かったから、で、なーに?サンタさんなんだから、プレゼントでもくれるわけ?」
カメコが尋ねると、シン太郎は背中に背負った白い大きな袋の中から、小さな小さな包みを取り出して、無言でカメコに手渡した。
「……なに、これ」
「プレゼント。後で、開けてみて」
「……うん」
マジマジとその小さな包みを見ながらカメコは頷く。
どうやら相当に中身が気になっているらしい。
「タートル山本の、新曲のCD。ほら、ケロケロ・レクイエムって奴」
「……嘘?」
「……嘘」
少しの間を置いた後、二人は同時に吹き出して笑った。
あまりに笑い過ぎて、看護師さんに怒られてしまったけれど、今となってはそれも良い思い出である。
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夏が終わり、冬の訪れを感じさせる季節になって、カメコは退院した。
退院して間も無く、シン太郎は彼女の家を訪れた。
「やぁ、カメコ、元気?」
そう投げかけて、シン太郎は彼女の前に腰を下ろす。
返事はないものの、彼女は静かに微笑んでいた。
ふと、星型の飾りのついたブレスレットが目に留まる。
彼女はこのプレゼントを気に入ってくれているのだろうか。
「そのブレスレット。似合ってるよ。って、自分で言うのもあれだけど」
恥ずかしそうにシン太郎は微笑む。
そして、不意に頬を涙が伝った。
シン太郎はもうそれ以上何も言えなかった。
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静かに手を合わせ、目を瞑った。
遺影の中の彼女は、まるでそのプレゼントを喜んでいるかのように、いつまでも変わらない笑顔を浮かべている。