最近、妻が、物憂げに月を見ながら、「私は、争いに負けたの。でも、幸せだし、これでいいのです。」と呟いている。
一度、「何かあったのか?」と尋ねたが、「ごめんなさい。なんでもないわ。お気になさらずに。」というだけだった。
いったい何があったのだろう?気になって仕方がないのだが、一緒に考えてもらえないか。
*この問題は亀夫君です。YES/NOで答えられる以外の質問もできます。
*百人一首 その六十七【こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな】からのinspireです。
転載元: 「no damsel in distress」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/8312
*男は竹取翁である。
妻は月を見て物憂げにしているのは、かぐや姫が月に帰ったから…だけではない。
そのことなら男も知っている。
*実は、以前、かぐや姫と同じように、月からきた美しい貴公子が、娶る妻を探していたことがあった。
男の妻は、独身時代、その貴公子にアタックしたものの、結局、貴公子は別な女性と一緒になって月に帰ってしまった。
妻が、「争いに負けた」と言っているのはその件である。
*とはいうものの、その縁で竹取翁と出会い、幸せな生活を送れたので、そのことについては満足している。
*かぐや姫のことが判明した時点で、妻がかぐや姫について「それにしてもなんて因果なんでしょう」「これも何かの縁ね」などと呟いていたことを思い出す。
*「名前」や「今何年か」というようなことを尋ねられても、名前は特になく(一応匠と呼ばれていると答えるが、名工というような意味である)、年という概念もないので、答えられない。
なぜこの年になって思い出すのかしら。
あの人のことを。
この世のものとは思えないぐらい、美しい殿方だった。
妻を探しているという噂は、あっという間に都中に広まり、多くの娘たちが殺到した。
もちろん私もその一人だった。
あの人は、集まった娘たち一人ひとりに、様々な注文を出した。
私が受けたのは、「繊細な、水も漏らさないような竹籠」だった。
自分で言うのもなんだが、私はそこそこの名家の出身だ。
お金には不自由していなかった。
名工と呼ばれる竹細工職人に頼んで、精巧な品を作らせた。
しかし、それを持って行った時には、もう、お妃は決まっていた。
玻璃のように美しく澄んだ絹で作った草履を履いた、娘だったという。
片方だけ宮中に残されていたのを、必死で探し当てたそうだ。
争いに敗れた私は、失意に打ちひしがれた。
それを慰めてくれたのが、今の夫だ。
名工とはいえ、一介の職人と結婚することについて、身内には反対されたが、それを押し切って一緒になった。
子供は授からなかったが、幸せだったと思う。
そんな私たちのところに、月の国からかぐや姫がやってきたのは、何の因果だったのだろう。
私たちはあの子をとても可愛がったが、いつかあの子が月に帰っていくことはわかっていた。
そう、あの人のように。
私の予測通り、あの子は月の帝になるために帰っていった。
月の国では、女でも帝になれるのだという。
でも、あの人と違い、あの子は誰も相手を選ばなかった。
自分一人で生きていくことを選んだのだ。
まさに月に帰るというその時、私に耳打ちした言葉を忘れない。
「お母さん、これまでありがとう。私は、どうしても、お母さんのような立場の人を作りたくなかったの。」
今でも月を見ると思い出す。
あの人は幸せになったのだろうか。
そして、あの子は幸せにしているのだろうか、と。
今でも思い出すことはある。
あの時選ばれていたら、私の人生は幸せだったのだろうかと。
足を踏み入れることもできない、きらびやかな月の世界に、しばし思いを馳せる。
でも、この人生を選んだのは私だ。
自分の選んだ人生は、決して後悔しないようにしよう、
こんなに長生きしてしまったのも、もしかしたらあの子のおかげなのかもしれない。
心ならずも、このはかない現世で生きながらえていたならば、きっと恋しく思い出されるに違いない、この夜更けの月が。
こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな
*男:竹取翁。いわゆるかぐや姫を竹の中から見つけ出したおじいさんである。本業は匠と呼ばれる竹細工の名工で、その材料を探すために竹林に入っていた。妻が月の国の貴公子に命じられた竹細工を注文した縁で、妻と一緒になる。
*女:その妻。もともとは名家の出で、月の国の貴公子と一緒になろうとしていたが、恋の争いに敗れ、竹取翁と結ばれる。翁との間に実の子はいないが、かぐや姫に愛情を注いで育てた。
*inspire元は、政争に敗れた帝の詠んだものである。
*洋の東西を問わず、選ばれるのは、美しい履物を履いた女だ。