入院中のカメオの住民票を移すことにした男。
男は、カメオがそこに住むことはないことと確信していたのだが、なぜそんなことをしたのだろう?
*百人一首 その五十六【あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな】からのinspireです。
*微要知識かもしれません。
転載元: 「family dinners and family trees」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/7937
*最期の時をカメオと過ごすために、カメオと恋人の男はパートナーシップ制度を認めている自治体に住民票を移す必要があった。
「もう3か月は持たないらしい」入院中のカメオからそういう連絡があった。
認知症も進みつつあったカメオだったが、かろうじて私のことは覚えてくれていたようだ。
年齢も年齢だし、いつかはそういう時が来ると思ってはいた。
だが、その知らせはあまりに急だった。
病院へと急いだ。残りわずかなカメオに残された時間を、一緒に過ごしたくて。
「残念ですが、ご家族以外は面会できません。」
耳を疑った。
感染症の懸念もあって、面会は、特定の親族のみに許可されているという。
「長年一緒に暮らしてきたんだ。それがダメだなんて。」
「規則ですから。ご夫婦や三親等までの親族に限っております。」
絶望のあまり、声を荒げそうになったが、その時心をある考えがよぎった。
「制度なんてどうでもいい。」
これまでずっとそう思ってきた。
養子になることを考えたこともあったが、それは、私たちの関係を表すには、あまりに実態を反映していないものだった。
でも、もし、「夫婦」になることができるのだとしたら。
「一部の市では婚姻関係に準じるものとして、パートナーシップ制度が認められていると聞きます。
もしそのような、行政に認められているパートナーであれば面会は大丈夫ですか?」
私は、これみよがしに病院に貼ってある、人権擁護のポスター(ご丁寧にSDGsホイールまであしらわれている)目をやった。
「…確認してみますが、おそらく問題ないでしょう。」
しかし、ここで問題があった。私たちの住んでいる市ではその制度は導入されていなかったのだ。
やむなく、私は、隣の市に引っ越すことにした。
そして、もうその部屋で同居することはないであろうカメオの住民票も、一緒に移した。
パートナーシップの登録は驚くほど簡単だった。
本人が今入院中で来られないことを説明したら、特に問題なく手続きを取ってくれた。
もうカメオの言葉のほとんどは意味もなさない。
二人で過ごした日々の記憶もおぼろげだ。
私がベランダにゴミを投げ込んだことがきっかけで仲良くなったことは、とうとう最後まで伝えられなかったな。
でも。それでも。それだからこそ。
残り数週間になるか、数日間になるかわからない。
ただ、愛しいカメオとの時を、共に過ごしたい。
その子供みたいな目で、私を見てくれれば、それでいい。
それでいいだろう?
病院へと向かうタクシーからの景色は、悲しいほど美しく輝いていた。
Lyrics “Is that alright?” (by Lady Gaga, from the soundtrack “A Star is Born”)