逆瀬川副部長は焦っていた。
来日中の著名な若きコンサルタント、スティーブの機嫌が悪い。
アドバイザー就任の依頼をするために招聘したのだが、団体の運営に関する書類は、日本人的な観点では問題がないが、スティーブの目には不透明に映ったようだ。
さらにそういう時にはケチがつくもので、来日したらぜひ美しい桜が見たいと言っていたのに、それを見せることも叶わなかったのだ。
その上、スケジュールは毎日会議やら講演会やらで多忙であった。
しかし、そのスケジュールが幸いして、スティーブは機嫌を直すことになったのだが、なぜだろうか。
*百人一首 その二十六【をぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ】からのinspireです。
転載元: 「hope my ruby shoes get us there quick」 作者: gattabianca (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/7192
まだ桜が咲いている地方への出張が、ちょうど良いタイミングで入ったから。
本来4月の初めに来日予定であったスティーブ。
しかし、先方の業務都合により、5月にずれ込んでしまった。職場のお偉いさんは、スティーブをもてなすためにやれ桜の名所へのツアーやら各種団体への講演会やらを企画していたのだが、全部リスケになった。
そして、スケジュールの練り直しは全部逆瀬川に丸投げされた。
急なことなので、なかなかうまく日程が組めない。
結果として、東京で21時まで会議の翌日から1泊2日で札幌出張のような過密スケジュールになった。
ん…待てよ?札幌?
「はい、こちら札幌オフィス…あ、逆瀬川副部長?お疲れ様です!」
「あ、御影?今って札幌、桜咲いてる…?」
「ちょうど八重桜が見頃ですね。」
「良かった。今度スティーブのアテンド担当だよね?お連れしてこう言っておいて?」
「スティーブ、大変お疲れのところ、わざわざ札幌までありがとうございました。上司のヒバリが、『ご多忙なのは承知していたが、是非この桜を見ていただきたくて、他に優先して札幌出張をアレンジした。せめてこの二日間だけは美しい桜を楽しんでほしい』と申しておりました。その間、書類の事は、自分が必ず責任を持って整理しておく、とも。」
もちろん違う。
そもそも来日予定が変わってから全部組み直したのだから、札幌の関係団体との打ち合わせが入ったのは、たまたま期日と会場が空いていたという偶然に過ぎない。
でも、偶然の事態を「あなたのために」と言う嘘は、誰も傷つかないし、それで仕事がうまくいくなら、問題ないと逆瀬川は経験上分かっていた。
「素晴らしい…こんな美しい桜を見ることができて私は幸せです。わざわざこの日程を組んでくれて、どうもありがとう。」
結果としてスティーブの機嫌は良くなったのだが、わざわざ日本に移住してプロジェクトオーディターに就任するまでに日本の印象が良くなったのは、逆瀬川の真摯な仕事ぶりによるものか、美しい桜の効果だったのかは不明である。
とりあえずスティーブにとって逆瀬川と御影の評価は、かなり上がったようだ。