旧【嘘ますか？オマージュ】すこしだけ、やさしく

「先生私はどうしたらいいですか？」
「最近増えてるんですよ。SNSで作り上げた自己像と、現実の自分が乖離してしまう人。現実が辛い人に多いですね。まあ新手の乖離性人格障害とも言われてますが。ただ、あなたの場合珍しい。ウミガメサイト、ですか？」
「はい。」
「よほど辛い時に始められた…？」
「…はい。」
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なんでこんな時期に私が海外赴任なんてしなきゃいけなかったのか。
大体語学なんて学生時代から苦手な方だ。私は普通に支店長になるはずだったのに。
みんなが断ったせいで回ってきたに違いない。完全な貧乏くじだ。もう誰も、何も信じられない気分だった。

赴任先であまり人と話さなかった。
そもそも人と話すのは嫌いだし、繰り返すが英語は苦手だ。
感染症対策で出勤は不要となったため、人と話さなくて済むのは良かったが、逆にずっと部屋に篭ってテレワークをしていると、わざわざ海外赴任などする必要があったのか疑問に感じてきた。
そして、毎日一人でいると、自分が何をしているのか、言い表せない不安に襲われるようになった。

そんな時、「Cindy」というサイトに出会った。その何が私を引きつけたのか、今となっては分からない。
でも、気付いたら登録をしていた。
しばらくは見ているだけだったが、一度発言するようになったら、どんどん引き込まれて行った。
水平志向パズル、というもの自体面白かったが、それ以上に私を魅了したのが、もう一人の自分となることだった。

「gattabianca」

それがCindyでの私だった。
せっかくだから普段の自分とは真逆の存在になってやろう。そんな軽い気持ちで始め、キャラを作り上げていった。

気付いたら、私が秋山瑞樹として発言するよりも、gattabiancaとして発言し、思考する時間の方がずっと長くなっていた。
それでも、日本の家族や職場の同僚と話すときは普通にやりとりができていたから、まさかこんなことになっているとは思わなかった。

１１月、１年の赴任期間を終えて帰国した私は、京都支店の支店長になった。まあそれほど悪いポストではない。
あれだけ辛い思いをしたんだ。そのぐらいの見返りがあって当然だ。

部下におはようございますと声をかけられた。
私は、とっさに、「Good morn…」と言いかけて止まった。
「支店長、さすが外国帰りですね、挨拶も英語が出ますか？」

違う。Good morning Dear ○○、というのは、gattabiancaが出題する時に使っていた呼びかけだ。
そして、最後は、Best regards,　で締めるんだ。

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「ところで、この案件、支店長にご判断いただかないとならないんですが…」
「え〜そんなの私なんかには無理ですよ〜お任せします。」
「…支店長？支店長が決断してくださらないと困るんですが？」

「はーい！期待に応えられるように精進しまーす！」
「永遠の後輩ですから！先輩についていきます！」
心の中にあの女の、gattabiancaの声がこだました。
　　　　
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「支店長、随分雰囲気変わりましたね。以前はシンプルなスーツばっかりお召しでしたのに。でもお似合いですよ！」

「任せて！gattabiancaはファッショニスタですから！！」
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おかしい。私の思考が、発言が、行動が、外見が、気付いたらgattabiancaに乗っ取られている。

「受験英語の鬼なんで♪」
「洋楽好きなんですよねー職場で接待とかもしてました。」
「恋愛弱者ですし、私w」
「不倫、ダメ、ゼッタイ！」

何度もいうが英語なんてできれば見たくもないし、音楽も好きじゃなくて、人前で歌うことなんてできなかった。
　後輩キャラなんて無縁だった。人に甘えたり頼ったりするのは苦手で、むしろ独断で決めていく方だった。
　ファッションなんて興味もなかった。
　自慢じゃないけど、男にはよくモテたし、どこに異動しても一人は恋人ができた。もちろん、夫の和也と娘の美香が一番大事なことは言うまでもないし、家族に迷惑をかけたことなんて一度もない。

でも、そんな自分の自己像が危うくなってきた。

それもこれもgattabiancaのせいだ。

私は、どうしていいかわからず、精神科クリニックのドアを叩いた。
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「そういう方には、１年間そのアカウントを断つように指示しています。」
「１年間、ですか？」
「ええ、残念ながら中断してしまう人も多いのですが、根本的にはそれしかありません。１年放置すれば、ほとんどの人はそのアカウントに戻りたいと考えませんから。」
「でも私は、ウミガメが好きで…」
「もし本当に、ウミガメが好きだから参加していた、というのであれば、１年経ってから別アカウントで始めればいいだけの話です。１年間はきっかり断ってください。必要なお薬は出しておきます。また来月来て、経過を報告してください。」

そう言われてから、１年が過ぎた。
最初の１か月間は本当に辛かった。秋山さん？と呼ばれても返事ができないぐらいだった。家でも、ママどうしたの？って和也や美香に心配された。そのぐらい、私はgattabiancaだったし、白猫だったから。

でも、日を重ねるごとに、だんだん普通に戻っていった。ウミガメをやっていなかった時の自分に、gattabiancaでなかった時の自分に。

時々これはウミガメになるだろうかと気がついて問題を書き留めることはあったが、言動や思考は徐々に戻っていった。

よくわからない奇抜な服は処分した。
きちんと支店長にふさわしいリーダーシップを弁えた判断をすることができるようになった。
経理の一岡課長とは、大人同士としてまあまあ良いお付き合いができている、と思う。

主治医には、「よく我慢できましたね。まだウミガメがやりたいですか？」と聞かれた。
もちろんだ。休止期間中に書き留めた問題だってある。

主治医との約束で、素の自分に近いキャラクターとアカウントで新規登録することになっている。
久々に開いたCindy。変わらない顔ぶれも多い。新人も結構いるようだ。

この１年間の経過を見返すと、急に消えたgattabiancaは最初しばらく話題になっていたようだが、そのうち忘れ去られ、埋もれて行ったようだ。

指が震える。人前に化粧をせずに出るような感じだ。
ふと見ると、新着の問題が投稿されていた。１年前まで楽しくやりとりしていた、あの人の問題だ。

一瞬目の奥を何かがよぎったが、それを振り払うように深呼吸し、打ち込んだ。

「はじめまして。瑞穂と言います。新人ですがよろしくお願いいたします。」
「初めまして。初参加ありがとうございます。瑞穂さん、歓迎いたします！！」

＊お付き合いくださいました皆さま、本当にありがとうございました&もし心配かけちゃってたら申し訳ありませんでした！！
　もちろんですが、ここまでのストーリーは茶番のフィクションです。
　問題中に登場するgattabiancaと当問題出題者のgattabiancaは何の関係もありません。

＊１００％ではないですが、gattabiancaはかなり自分に近い存在です。キャラを作ってる感はほぼないです。
　こういう葛藤とは一切無縁ですので、ご安心ください。

＊だってみんなサブアカとか結構作ったことあるっていうんですもん。羨ましくって。
　このgattabiancaが自分自身のサブアカみたいなものだ、っていう観点から作った問題です。
　私は今後もgattabianca一本で参加していく…予定。（ちょっと自信ありません）

＊あと、それでもやっぱりお久しぶりって言われたい潜在欲求はあります。

＊白状します。出題動機の９９％は称号です笑

＊SNS依存は精神科領域の対応にはなってきています。
　一定期間断つ指示を出すこともあると思われますが、１年間というのが一般的な指示なのかは不明です。

＊本名は秋山瑞樹じゃないですw 一文字たりとも被ってないですww

love, gattabianca 🐾