高校野球夏の甲子園も本日すべての日程が終わり、閉会式が終わったばかりのグラウンドに水がまかれている。
取材に来ていた新聞社のカメラマンは、帰ろうとして、外野席の上段に一人だけ残った人影を見つけた。
気になったので近づいていくと、まだ少年の面影を残す青年が座っていた。
青年の顔に記憶があったので、「やあ、久しぶり」と声をかける。
青年は見上げて驚いた顔をした。ややあって、「ああ、去年お会いしたカメラマンさんですね。写真ありがとうございました」と答える。
青年は昨年の大会に出場した高校の選手で、カメラマンは彼に取材をしていたのだ。
「忘れ物を探しにきたのかな?」そう言ってカメラマンは青年の隣に座る。
青年はその言葉を聞いてふっと笑い、グラウンドに視線を戻す。
「忘れ物か……そうですね。もうどうしようもないんですけど、やっぱりどうしても思い出してしまいます」
それからぽつぽつと話が始まる。
子供のときから野球が好きで、ずっと野球を続けて、強豪校に入学できたこと。
自分は才能がないのではと思いながらも必死に練習して、3年の夏に、やっとサードのレギュラーをつかみ取ったこと。
しかし、夏の地区予選の決勝でデッドボールを受けて肩を複雑骨折。チームは甲子園に出場したが、自分はスタンドでの応援になったこと。
そんな、去年は時間がなくて話せなかった突っ込んだ話だった。
話が途切れ、二人はグラウンドを眺める。
青年はポケットから写真を取り出す。
「この写真ありがとうございます。今でも持ち歩いてるんですよ」
それはカメラマンが撮った、この甲子園球場のバッターボックスで、思い切りバットを振り抜いている青年の姿を写した新聞記事の切り抜きだった。
いったいどういうことだろう。
転載元: 「甲子園残景」 作者: GoTo_Label (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/4303
「我ながらよく撮れてるね」カメラマンは言う。「君のこのホームランが出たけど決勝戦は負けて準優勝」
「その後のエラーさえなければ優勝でした」青年は小さな声で言う。
しばらく黙ってから、カメラマンは言った。「僕からしたらそれでもうらやましいんだけどね」
「カメラマンさんも野球をやってたって聞けてよかったです。……そのときのチームの成績はどうだったんですか」
「一回戦負け」古傷のある肩に、無意識に手をやりながらカメラマンは答えた。
水をまいていた車と人は、仕事を終えて、もういない。
いろいろな人の思いを残し、今年もまた夏が終わる。