「犯人はお前だ!」
探偵は、殺人事件の容疑者である男を指差した。
「証拠はあるのか?」
男がそう聞くと、探偵は自信満々に答えた。
「目撃者がいる」
しかし、そこで探偵が名前を挙げたのは、なんと言葉も喋れない赤ちゃんだった。
男が観念して罪を認めたのは、なぜ?
転載元: 「犯人はお前でちゅ!」 作者: とかげ (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/415
実にわかりやすい事件だった。
殺された一家の主は、ある男と今日会う約束をしていた。
男が帰った直後、被害者の妻が、夫の死体を発見している。
二人は金銭トラブルを抱えており、男が被害者を殺す理由はいくらでも挙げられた。
犯行時間にアリバイもない。
通報を受け、すぐさま駆け付けた警察も、早々に男が犯人だろうと推理していた。
しかし――証拠はまだ見つかっていない。
その場に男がいたのは間違いないのだが、外部からの侵入や、被害者の家族など他の人物が犯人ではないと裏付けるものもなかった。男自身も、もちろん自分が犯人であるなどと自白していない。
警察も被害者の家族も近所のおばさん達も、みんなその男が犯人だろうなあとは思いつつも、きちんとした証拠が出てくるまでは、男に直接指摘することができずにいた。下手に刺激して、疑われていることを知った男が証拠隠滅をはかっても困る。
さて、ここで偶然その家に居合わせた探偵の出番だ。
探偵は、犯行当時の状況を知ると、すぐに犯人であろう男を呼び出した。
「犯人はお前だ!」
探偵は、すでにみんながわかっている情報をただ整理して並べたて、終わりにそう言って男を指差した。
男は不満そうに、こう尋ねる。
「証拠はあるのか?」
すると探偵は、自信満々に答えた。
「目撃者がいる」
「……な、なに?」
男はたじろぐ。
「被害者とお前が口論になり、お前がカッとなって被害者を殴り殺してしまったとき……お前からは死角になっていて気づかなかったようだが、同じ部屋にずっといたんだよ……大熊権三郎さんがな!」
「なんだと……おおくまごんざぶろう……?」
そのいかつい名前を口にして、驚きを隠せない男――いや、犯人。
「そうだ。大熊権三郎さんは被害者の親戚で、一部始終を目撃している」
「目撃者がいたなんて……くっ。ならば仕方ない。ああそうだよ。あいつを殺したのは俺だ……殺すつもりはなかったんだ。ついカッとなってしまって、気づいたらあのジジイは頭から血を流して床に倒れ、俺は右手にガラスの灰皿を持っていた……うまく誤魔化せるかと思ったが、まさか誰かに見られていたなんてな。悪いことはできないもんだぜ……お巡りさんよ、俺を捕まえてくれ。もう観念した。全部正直に話すぜ」
警察もあっけにとられるほど、犯人はぺらぺらと供述を始めたのだった。
「これで、良かったのでしょうか……?」
犯人が警察に連れていかれる様子を眺めながら、探偵の助手が、不安そうに呟いた。
「なぜだ? 解決したのだから良いだろう」
探偵は不思議そうに、そう言い返す。
警察と犯人が完全に出て行ったのを確認してから、助手は探偵に尋ねた。
「だって、あんな嘘吐いて大丈夫なんですか?」
「嘘ではないぞ。実際、権三郎さんは被害者や犯人と同じ部屋にいたのだ。彼がいた場所や顔の向きからして、犯行の様子が視界に入ったはずだ。まさかそんな場所に誰かがいるとは思わず、犯人も気づかなかったのだろうな。直前に昼寝から目覚めたばかりで、その時間に寝ていた可能性は低いというし、実際、犯人が逃げた直後に被害者の奥さんが部屋に入り、彼が起きているのを確認している。権三郎さんが目撃者であることは間違いないだろう」
「そうかもしれませんけど……」
なおも不安そうな助手に対し、探偵は涼しい表情だ。
「大体、遅かれ早かれ何かしらの証拠は見つかっていたはずだよ。日本の警察をなめちゃいかん。私はただ、早く解決させてやっただけだ。犯人が自供してくれた方が、警察だって証拠集めが楽だろう?」
「でも……目撃者の正体に気づいたら、犯人は怒り狂いませんかね?」
ちょうどそのとき、くだんの大熊権三郎さんが、被害者の妻とともに部屋に入ってきた。さきほどまで隣の部屋で静かに待機していたのだ。権三郎さんは、目をぱちくりして助手を見つめ返す。
「ふむ、まあそのときはそのときだ。……なあ、権三郎さん?」
探偵は優しく、権三郎さんに話しかける。
「ばぶーばぶー」
探偵の問いかけに答えるかのように、赤ん坊が上機嫌に声をあげたのだった。
END
犯人は目撃者がいることを知り、観念して自白した。その目撃者がまさか赤ちゃんだとは思いもしなかったのである。