男は私の目の前で、封も切られていないタバコを2つ手に取るとそのまま捨ててしまった。なぜか。
転載元: 「Rainy blue」 作者: dyty (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/3073
はぁ、と深いため息を一つ。
今日の海亀線の通勤ラッシュは、大雨で湿気が事もあって、それはもう酷いものだった。ここからもう一本乗り継ぐことを考えたら、ここらでちょっと一服していった方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら、羹駅前徒歩2分の喫煙所に1人、とぼとぼと歩いていく。
喫煙所に着き、傘を片手にタバコに火をつけると、喫煙所内にレインコート姿の腰の曲がった男がやってきた。彼は清掃員らしく、両手にカンビンなどが入った大きなゴミ袋を引きずっていた。
昨晩にどうやら派手に宴会でもやっていたのだろうか、喫煙所内はビールやハイボールの缶がそこかしこに捨ててあり、彼はそれを片付けに来たのだろう。彼はそれを黙々と拾っていく。
こんな日にこの人も大変なものだ、と思って気付かれないように軽く頭を下げると、彼と目が合ってしまったのだ。彼の表情は少し和らいだように見えた。
それから彼は私の目の前で、吸い殻入れの上に捨ててあるタバコの箱を片付け始めた。中には封すら切られていないタバコも2箱ほど捨ててあり、それを見た私は思わず「あぁ」と声を漏らしてしまった。勿体無い。近頃のタバコ事情を考えれば、いかに昨晩の「宴会」が盛り上がっていたとはいえ、勿体無さすぎる。彼も苦笑混じりに「こりゃもうダメだな」と言ってゴミ袋の中にそれらを放り込んで行った。
そうしてあらかた片付け終わり、帰ろうとした彼はこちらに振り返り軽く会釈をすると、ヤニ色の歯をニカリと見せて一言。
「にいちゃん、似合ってねえなぁ」
そんなある雨の日の事である。