町の墓守が土を川へ棄てているのは、彼が昔、余所者だったかららしい。
いったい何故、彼は川に土を棄てているのだろう?
転載元: 「ハロー、そして…グッドバイ!」 作者: つのめ (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/1863
【要約】
町の近くの川で金を見つけた男は自分が昔住んでいた町で起こった悲劇が繰り返されないように金を隠すために川へ土を捨てている。
【小さじに満たない悪魔】
男は小さく寂れた町のこれまた小さく貧しい家に2人の妹を持つ長男として生を享けた。
寂れた町とは言えどそこに暮らす人達の心は暖かく、心に陰りなんて一欠片も見当たらない。
いい町だった。
そう。だった。
男も家庭を持ち孫が産まれるかどうかという時合に村の近くで砂金が出たのだ。
町は大いに沸き立った。
「これで子供に腹いっぱい食わせてやれるぞ!」
「嫁に綺麗な服を買ってやるんだ!」
町のそこらであがるそんな声に男の心は暖かくなり、これからの暮らし向きがもっともっと良くなるだろうと家族とその吉報を喜んだ。
事態が一変したのは砂金が出て暫くしてから。
あの日、町の酒場で酒を飲んでいた男に向かって慌ただしく近付いてきたのは男の隣人。
酷く青い顔をした彼が放った言葉は男にとって受け入れ難いものだった。
「あなたの妻と娘と義息が殺された」
原因はありがちなものだが、同時にこの町では起こるはずのないと信じていたものだ。
「あなたの家に強盗が押入り、3人を殺したそうだ。」
言葉で言えばただそれだけ、たったそれだけで男は最愛の人を全て失った。
それはさらなる悲劇の序章に過ぎなかった。
町に流入する流れ者、多発する事件事故。
捕まらぬ犯人に町人は疑心に苛まれ、いつしか隣人との挨拶すらままならないものになっていた。
この町には幸せだった頃の面影はもうない。
男はこの変わり果てた町に居たくなかった。
しばらく当て所なく旅をした男はある町にたどり着く、男が育ったあの町がまだ貧しかった頃によく似た少し寂れた暖かい町。
この街の人々は、どこの誰ともしれない自分を暖かく受け入れ、さらには墓守という大役まで任せてくれた。
男は涙した、自分が失ってしまった物がこの町にはある。
心の底からそう思えたはずだったのに。
彼の日常が崩れ去ったのは嵐の次の日、いつものように墓の草花に水をやるため小川まで水を組みに来た時だった。
嘘だ!嘘だ!と心で叫びながら屈んでつまみ上げたそれは、かつて男にとって身近な物だった小さな小さな金の粒。
今、男の目の前にはおよそ40g程の砂金が小さな小さな山を作っている。
人目につかぬよう、怪しまれぬよう短時間で集めた量がこれ。
恐らくこの川にはもっと大量の砂金が眠っているのだろう。
ティースプーン一杯にも満たないこの砂金が、この先どれ程の悲劇を産むか男は知っている。
男は決意した、自分がこの町を護るのだ、人の欲をふくれ上がらせ鬼畜へと堕とすこの悪魔から自分こそが護るのだ。
男は川を土で汚す。
人の目が砂金の光に眩まぬように
男は小川に土を運ぶ。
悪魔が災いを運ばぬように
鬼気迫る老人にいつしか人は寄り付かなくなった。
前までは墓参りのついでに花を咲かせた世間話も、事務的な挨拶に変わっている。
男は思う。
それでもいいと。
この村に安寧があればそれで自分は報われる。
何より、金を隠すことは自分のわがままに他ならないのだから。
今日も寂れた町の外れで、土を掘り出す音がする。