ある日、人気のない道を歩いていたカメオは、最近巷で話題となっていた、連続殺人鬼として指名手配中のウミオと出会った。
巨漢のウミオに殺意をこめた目で見下ろされ、カメオは足がすくみ、腰を抜かしてしまう。
しかし、その様子を上から見ていたラテオが警察に通報するも、通報を受けた警察官たちが現場に到着したときには、ウミオはすでに死んでおり、しかも死因は自殺だったというのだ。
一体何が起こったのだろうか?
※少し要知識要素があるかもしれません。しかし知識なくても解けます……おそらく。
転載元: 「逆転自殺刑」 作者: 灰色ヤタガラス (Cindy) URL: https://www.cindythink.com/puzzle/1851
★短い解説★
カメオは山登りの最中に、林の中に人がいるのを発見し、道を外れて林に入り込むと、首をつった状態で死にかけているウミオを発見した。
宙吊りのウミオに殺意を持った目で見下ろされ、腰を抜かすカメオだが、じきにウミオは、カメオに何もすることなく、そのまま縊死する。
そこへ、山を一周回った一つ上の道から、カメオが腰を抜かしたあたりのところから見ていたラテオに声をかけられ、ラテオもカメオのところにやってきてウミオの死体を確認する。
ウミオに最後に向けられた殺意への恐怖が薄まらず、警察への最初の通報者になりたくないカメオのために、ラテオが代わりに通報し、やがて警察官たちがカメオとウミオとラテオのもとに到着したのだった。
★長い解説★
山野カメオの趣味は登山である。
日曜日には、よく装備を持って近くの山や遠くの山に出かけ、一人ハイキングを楽しむのである。
春先のうららかなこの日曜日にも、カメオは、近所の手ごろな大きさのこの山に入り、人気のない山道を歩きながら、鳥のさえずり声や柔らかな木漏れ日を楽しんでいたのだが……
その途中、山道から少し外れたところに、何か妙なものが見えた。
結構距離があったため、山道からだとよく分からなかったが、興味をもったカメオは、山道から外れ、林の中へと入っていった。少し下りの坂道だ。
その妙なものに近づいていくにつれ、興味は、次第に嫌な予感へと変わっていく。
そうして、その妙なもののすぐ前へと出た時、カメオの全身を悪寒が走った。
それは、木の枝にロープをかけて首をつり、宙に浮いている、一人の巨漢の男の姿だった。
(……首つり自殺死体……)
カメオの頬を冷や汗が伝う。
しかも、ただの首つり自殺死体ではない。カメオは、この男に見覚えがあった。
一カ月ほど前に、海野家の家族五人を包丁で殺害して逃亡し、目撃情報なども多数あったことから現在全国指名手配中の、海野ウミオその人であった。
まず、間違いない。顔だけでなく、縦にも横にも広い巨体、それに逃亡時の服装も、報道などで見て記憶していたものと一致している。
(……どうしてこいつが、こんなところで、こんなことを……)
カメオが困惑していると、不意に、宙にぶら下がっているウミオの目がギョロリと動いて、すぐ下にいるカメオを見下ろした。
(ーーーー!?)
カメオが身をすくませる。ウミオの血走った目が、明らかにカメオをにらみつけている。
(……まだ、生きてる……!)
そのことに気付いたカメオは、全身をぶるっと身震いさせた。
首をつってから死ぬまでの時間は、カメオのおぼろげな記憶が正しければ、だいたい十数分だったはずだ。首をつってから、徐々に脳に血液が回らなくなり、意識が薄くなっていき、次第に体も動かせなくなり、やがて静かに死に至る。
きっと、ウミオは、ほんの数分ぐらい前に、ここで首つりを決行したばかりなのだろう。もう意識はほとんどおぼろなはずだが、それでも、まだ死んではいない。
ウミオに、身動きするようなそぶりはない。首をつって数分もすれば、もう手足に脳の命令が伝わらなくなって、動かせなくなるはずだ。もうその段階にあるのかは分からないが、少なくとも、今から首つりを解いて、死のうとするのをやめるような気配は見せていない。
それでも、ウミオの目には、ウミオを見上げているカメオに対する、明確な激しい殺意が込められているのを、カメオははっきりと感じた。死ぬところを見られるつもりはなかったはずの殺人鬼の、屈辱から来るものなのか、とにかく、本気の殺意。カメオは、震えが止まらなくなる。
(……殺される)
恐怖をにじませて、カメオは思った。相手は動けない。動くそぶりもない。それでも、カメオは確かに、死を覚悟した。たとえ直接、ウミオの手で殺されないにしても、
(……このまま、死ぬところまで見ていたら、きっと、あとで呪い殺される……。……逃げなきゃ……こいつが、死ぬ前に……逃げなきゃいけない)
そんな非現実的なことまで、頭に思い浮かぶ始末。いっそウミオが、今からでも首つりを解いて、殴り殺しに来てくれた方がまだ安心できるだろうか、そんなことまで考え始める。
しかし、恐怖で足がすくみ、動けない。実際に人を殺してきた、本物の殺人鬼ににらみつけられたまま、カメオは、その場を動くことが出来ずにいた。
そのまま、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。
おそらくは十分ほどだったろうが、気が付くと、ウミオの目は完全に光を失い、カメオは、そのウミオの死体の前で、いつの間にか腰を抜かして座り込んでいた。
……見てしまった。凶悪犯が死ぬところを、一部始終を、目撃してしまった。
ただでは済まない。きっと、死ぬ直前に会った俺のことは、ウミオは死んだ後も覚えていて、あとで俺を殺しに来るんだ……そんなことまで考えてしまうカメオ。
しかし、冷静になれ、と、頭を振って、何とかその考えを頭から追い出そうとする。
(……早く、帰ろう。今日はもう、ここまでだ。さっさと帰って、このことを忘れるんだ。そして、この山にはもう来ないようにしよう……。いや、でも、首つり死体を見たんだし、警察に連絡しないと……)
そんなことを考えるカメオだったが、やはり腰を抜かしたまま、なかなか立てない。と、そのとき、
「……どうしました? そこで、何をされてるんですか?」
上の方から、声が聞こえてきた。
カメオがあわてて声の方を見上げる。カメオも歩いてきた山道の、山を一周回った一つ上の道に、見知らぬ一人の若い男性・ラテオの姿があった。一度山を登ったあと、下山中らしかった。
「……あの……すいません、ちょっと、ここに来ていただけませんか」
カメオが、絞り出すような声で言った。ラテオは、けげんな表情を浮かべながらも、上の山道から下の山道へ、急斜面をくだってきて、さらにそこから林の中へ入り、カメオのところに近づいてくる。カメオも、ラテオが来る頃には、何とか立ち上がることが出来ていた。
「……く、首つり死体……?」
ウミオのぶら下がり死体を見たラテオが、呆然と言った。上の山道の方からでは、カメオが腰を抜かすあたりの様子は何とか確認できたが、ウミオの死体はちょうど草や木の陰に隠れているのもあってほとんど見えなかったのだった。
「……はい……首つり死体です。しかも、この男、見覚えありませんか……?」
カメオの問いに、ラテオも呆然としたまま答える。
「……海野ウミオ……最近、連日、テレビのワイドショーとかで話題にされてる、大量殺人犯の男ですよね。間違いない。昨日もニュースで見たばかりです」
「……やっぱり、そうですよね? しかも、さっきまで、ここで、生きていたんです、この男。首をつったばかりだったようなんです。自分、ちょうどそれを、生きている状態のところを目撃して、けど、この男に、ぶら下がった状態のまま、にらみつけられて、怖くて、動けなくなって……そうこうしているうちに、完全に死んだようです」
「……しかし……家族を何人も殺した男が、どうしてこんなところで首つり自殺なんて……」
「それは、いろいろあるのかもしれません。この男なりに、悩むことがあったのかも分かりませんしね」
カメオの発言に、ラテオは難しい顔をしながら、
「……そうかもしれませんね。しかし、同情の余地はありませんよ。こいつは、こいつ自身の家族全員を包丁で刺して皆殺しにした、凶悪犯だ。死刑になるべき男だ。こんなところで、一人で首をつって死ぬなんて、自分勝手もいいところですよ」
「それは、もちろんそうです。自殺するぐらいなら、ちゃんと自首して、動機を話したり、償いをしたりするべきでした。こんなことは、許されないことです」
「……とにかく、警察に通報しましょう。こんな山の中ですけど、ここは電波は何とか通じるはずですし、首つり自殺死体があって、しかも全国指名手配犯の男なのですし、警察も動いてくれるはずです。いや、私でなく、第一発見者のあなたがした方がいいですかね?」
それを聞いて、カメオは、ウミオの、あの殺意のこもった目を思い出して、
「……いえ、その……出来れば、あなたにお願い出来ませんか? 海野に、最後ににらまれたのが、怖くて……。たたられるんじゃないか、とか……もちろん、そんなことあるわけはないんですけど、そんな風に思ってしまって……。最初に警察に電話するのは、出来れば、他の人にやってもらいたいんです、すいません」
「なるほど、分かりました。では私がーー」
カメオの代わりにラテオが警察に通報し、大雑把な状況を電話で話して、やがてやってきた警察官たちが現場に到着すると、ウミオの死体を処理しつつ、カメオやラテオに話を聞いてきた。カメオは、話したくないことは話したくない、と言い、警察もその心情を理解した。
数日後、この件はテレビのニュースで大々的に取り上げられ、その後は、海野ウミオの大量殺人事件の話題は、徐々に少なくなっていくことになるーー。
★蛇足★
要点として、
①カメオがウミオを発見した時、ウミオはすでに一人で首をつった状態で死にかかっており、そのあとすぐ死んだ。
②カメオは、死にかけのウミオに強烈な殺意を向けられ、殺されるわけはないのに殺されるのではないかと妄想的な恐怖に駆られた。
③ラテオは、ウミオへの恐怖がおさまらないカメオの心情を理解し、代わりに警察に通報した。
このあたりが出たら、FAとします。